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西安 (7/24〜7/26)


南京から火車で約5時間(?)程です.着いたときは夕方で私の体調が悪いことがあって西安駅のすぐ近くのホテルに泊まる事になりました. ホテルの近くの解放飯店と言うレストランで晩飯を食べましたが,時間が遅かった事もあり店内は散らかっていて店員の態度も悪く散々でした. 写真はホテルから西安駅を撮ったものです.
西安はさすがに大都市ですね,非常に街並みがすっきりとしていて気持ち良いです. かつて長安を建設した人々の都市計画のすばらしさが伺えます. これまでの都市に比べると空気が乾燥している一方ほこりっぽいです.
遠くに見えるのは慈恩寺(ツーオンスー)の大雁塔(ダーイエンター)で,かの有名な三蔵法師(高僧玄奘)が天竺より持ち帰った多くの経典の翻訳作業場として建立されたそうです. 大雁塔は7階建で最上階からは西安の市街を一望することが出来ました. まあ,私の方はこの日も熱が下がらず景色を楽しむ余裕すらなくへばっていましたが...
小雁塔(シアオイエンター)です.こちらもやはり天竺に旅した義浄という唐代の高僧が,持ち帰った 経典の翻訳の作業場として建てた塔です. 西安に来て少し体調が良くなった事ではしゃいでしまい,熱がぶり返したため私は見ることが出来ませんでした.
鼓楼(鐘楼かも?)西安市街の中央にそびえ立つシンボルとも言うべき建物. やはりこれも私は見ることが出来ませんでした.ちくしょー!
八路軍西安辨事処記館(バールージュンシーアンバンシーチュージーニエングワン),かの有名な八路軍(パーロ)の事務所として使われていたそうです.以上.
これこそは今回の旅行最大の目的の秦始皇兵馬俑坑博物館(チンシーホワンディピンマーヨンコンボーウーグワン)です! あいにく博物館内は撮影禁止なので写真を貼ることは出来ません. 博物館は1〜3号館に分かれており,いずれも発掘現場を体育館の様な建物で覆った様な感じです. 2,3号館は現在も発掘作業の途中で秦始皇兵馬俑坑の全貌が明らかになるのにまだ20年はかかりそうです.
秦始皇兵馬俑坑博物館にて,外から見ると結構まともです.斎藤さんは30センチぐらいある兵俑を買ってました.また,そこらの露店で15センチぐらいの兵馬俑が5体1セットで売られていました. (研究室のみんなへのお土産はこれに決まった...)
華清池(ホワチンチー),3000年以上の歴史を持つ温泉地です. 秦始皇兵馬俑坑の途中にあり帰りに立ち寄る予定だったのですが,私は秦始皇兵馬俑坑を見たところで力尽きて華清池を見ることなく帰ってしまいました.
華清池にて,日本を出立してはや2週間を過ぎましたが約1名を除いてまだまだ元気です. でも,四方・斎藤さんは秦始皇兵馬俑坑の近くで食べた昼食にあたってお腹をこわしてた. ふっ...世の中そんなもんさ.
興慶公園です,ここは安倍仲麻呂の記念碑を目当てにやって来ました. 中国の公園は広いです.南京の玄武湖公園でもそうでしたが入園料を取られました. 西安では主にバスを使いましたが,興慶公園へはタクシーで来ました. その時のタクシーの運ちゃんはいい人で西安の地図をくれました. せちがらい中国人にも気前のいい親切な人はいるもんです.
これは私がなんとなく撮った写真で,このとき頭に思い浮かんだのは「反省だけならサルでもできるの図」(笑). ちなみに写真を撮ったときの状況とは全く関係ありません.
これが安倍仲麻呂の記念碑です,人気の無いところにあって変に小ぎれいで全然威厳がないなあと思っていたら,実は建てられたのが1979年だそうで...あーくだらん.
西安駅前のバス乗り場にて,このバスよーく見てくださいどこかで見たような気がしませんか? 実はこれ京都の市バスを貰い下げたものなんですね! 私達はうかつにも乗り込むまで気付きませんでした.

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2002.5.18
Shunji Umetani (umepon@big.or.jp)